住基ネットからの個人の離脱を認めた大阪高裁の判決を受け、早々に上告を決めた吹田市・守口市とは異なり、
箕面市長は上告をしない方針を決めたという。3日前から新聞・テレビと派手にニュースが流れていた。
この件について、日頃の藤沢市長の行動様式を観察している視点で、報道に出ている情報をつぶさに見ていくと、結局
(住基ネット賛成・反対とは無関係に)いつもの支離滅裂な行動だというのがよくわかる。
現時点でわかっている状況を整理しておこう。
まず、箕面市と同様に、大阪高裁から住民票コードを削除するよう求められた
吹田市と守口市は早々に上告を決めた。このことにより、
三審制をとる日本の司法制度では、判決は確定せず、最高裁の判断を待つことになった。
一方、2市とは異なり、
上告をしない箕面市に対する判決だけは確定する。つまり、箕面市だけは原告の住民票コードを削除する義務を負うことになる。このことにより、
住基ネットから個人の離脱を認める判決が、全国で初めて確定する見通し(朝日コム) - 2006年12月07日13時26分)
との理由から、新聞・テレビによる派手な報道がされ、同時に、住基ネット反対のスタンスからは、この判断を歓迎するコメントがなされた。
しかしながら、この
今回の判決の効力が、一体どこまで及ぶのだろうかと疑問に思い、記事をあさってみたところ、
市は、判決確定後に住民の原告女性1人の住民票コードを削除する方針だが、藤沢市長は「現時点では、原告以外の削除は違法行為に当たる」との見解を示した。(日経ネット関西版) - 12月8日
とのこと。つまり、
判決の効力が及ぶのは原告1人だけであり、他の市民が「住基ネットから離脱したい」と市役所にいったところで、「それは違法ですから」と門前払いされることになる。
この点について、さらに産経新聞では、藤沢市長が市議会で述べたコメントとして、
今回住民票コードを削除するのは原告となった女性(58)だけで、「他の人については、人数が増えれば検討会を設置して議論する。すべて『はいそうですか』とは認めない」と述べた。(産経新聞) - 12月7日16時36分更新
と報じている。これだけでも、ずいぶんといい加減な話だというのがよくわかる。
希望がかなうのは訴訟を起こした市民1人だけ。他の市民は増えてきたら考えるというだけで、当面はほったらっかしだ。さらに、この
「検討会」なるものについて、読売新聞によれば、
箕面市の藤沢純一市長は、原告の市民1人を住基ネットから削除する手続きを進める考えを示した。さらに、「原告以外の市民から削除を求められた場合、検討会を設けて技術的、法的側面から検討していきたい」と述べた。(読売新聞) - 12月7日22時46分更新
とある。一見、前向きの姿勢に映るが、ここで注意すべきは先の発言で、
藤沢市長自身が明快に「現時点では、原告以外の削除は違法行為に当たる」と認識していることだ。
これは、判決の効力が原告と被告の間にしか及ばないため、その他の市民については通常の法律(現在の住民基本台帳法)に基づいた取扱いしかできないということを言っている。
それでは、
そこまでわかっているのに、一体なにを「技術的、法的側面から検討」しようというのか?政府が法律そのものについて検討するならわかる。
だが、
箕面市が単独でいくら「住基ネットから離脱したい」という市民について検討を重ねたところで、「違法」という結論しかありえない。(もしそれ以外の答があるとすれば、すでに全国のどこかの自治体がそうしていたはずだ。)
しかも、
その結論(「離脱は違法」という結論しか出ないこと)を藤沢市長自身が公言するほど自覚しているともなれば、
「検討会」の唯一の意味は、「検討します」と言って時間を稼ぐ役人の言い訳そのものとしかいいようがない。
なにが、
すべて『はいそうですか』とは認めない
か。では
「一部なら認めるのか?」と小一時間問い詰めたくすらなる。
ちなみに、
前回の記事(「公約の進捗状況」の実態)でも紹介した
藤沢純一市長の公約集「2004年ふじさわ“まちづくりビジョン”」には、
住民基本台帳ネットワークシステムは個人の意見を尊重し、選択的接続を実施します。
とある。
市長就任からすでに2年以上という月日は、公約を誠実に実行するつもりならば、
今回の件とは無関係に同趣旨の「検討会」をすでに開催していておかしくないくらいの期間だ。
だが、そうした事実は一切なく、今回、唐突に出てきたことからも、「検討会」というのが単なる言い訳に思いついたものに過ぎないことがわかる。
また、
今回の原告1人の住民票コードを削除するのはタダではない。産経新聞が報じた箕面市のコメントでは、
住民票コードを削除するため100万円??300万円の税支出が必要となるという。
削除するコストとしては1人あたり100??300万円という試算が出ているという。(産経新聞) - 12月7日16時36分更新
未だ全国的な合憲・違憲の判断(最高裁)が出ておらず、市民の意見としてもおそらく賛否わかれる状況にあって、この支出を税金、つまり
全箕面市民が負担するというのは、どうにも理屈が立ちにくい。
また、税支出のみならず、
システム上、住民票コードの削除は考慮されておらず、箕面市の担当課では、「作業を進めれば、箕面市全体のデータがネットワークからはじかれる可能性もある」として、対応策の検討を始めています。(朝日放送) - 12月7日20時11分更新
とのこと、システム面でも、
他のシステムや他の市民のデータにどのような影響をもたらすのか確認されないままの判断のようだ。原告以外の市民にしてみれば迷惑な話としかいいようがない。
さらに、
100??300万円どころか、昨日になって読売新聞はこう報じている。
住基ネット「個人離脱」、1人削除に最大3500万
大阪府吹田(すいた)、箕面(みのお)、守口の3市の住民4人に住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)からの「個人離脱」を認めた大阪高裁判決を受け入れ、上告を断念した箕面市が、原告住民(1人)の「住民票コード」を削除する検討を始めたところ、削除すると、ネット上で情報やサービスを提供するコンピューター(サーバー)がダウンする危険性があることがわかった。
削除できても最大で3500万円の経費がかかることも判明。市は今後、専門家による検討会を発足させ、府や国と協議する。
市情報政策課によると、住基ネットは、市から府のサーバーを経由して国のサーバーにデータが蓄積される。市と府のサーバーは30分ごとに交信し、転入転出などのデータ更新が行われており、原告の住民票コードを削除するには、市だけでなく府や国のサーバー内のデータも削除する必要がある。
(読売新聞) - 12月9日15時9分更新
他の市民の個人情報を危うくする恐れがあって削除できるかどうかわからない上に、全市民が税金で数百??数千万円(最大3500万円)の額を負担するという、はなはだいい加減かつ迷惑な話だ。
通常、この程度のことは事前に検討したうえで判断するもの。
まさかいくら
支離滅裂な自称「市民派」とはいえ、
箕面市長ともあろう立場の人間が、市民の負担額や危険の可能性など、こうした基礎的な要素を事前検討せずに結論を出したなどとは考えたくないところだ。もし、そうだとすればお笑い草もいいところだが、一方、こうしたことも織り込み済みで判断したとすれば、それはあまりに無謀かつ非合理的な判断としかいいようがない。
さらに最初に話題にあげた
「検討会」だが、おかしなことに
当初報道(7日)から2日間を経ただけで、すでにお役目が変わっている。前述の当初報道(7日)の時点で
「検討会」と言っていたのは、
人数が増えれば検討会を設置して議論する。すべて『はいそうですか』とは認めない(産経)
原告以外の市民から削除を求められた場合、検討会を設けて技術的、法的側面から検討していきたい(読売)
のとおり、
原告以外の市民が削除してほしいと言ってきた場合にどう対応するかの検討会だったはずだ。
だが、昨日(9日)の記事によれば、
原告住民(1人)の「住民票コード」を削除する検討を始めたところ、削除すると、ネット上で情報やサービスを提供するコンピューター(サーバー)がダウンする危険性があることがわかった。
削除できても最大で3500万円の経費がかかることも判明。市は今後、専門家による検討会を発足させ、府や国と協議する。
原告1人をどうやって削除するかの検討会に変わっている。結局、この豹変ぶりからも、
藤沢市長が、記者からの質問に窮するたびに、答えを先送りするため「検討会で」と言っていることは明らかだ。箕面市長のいい加減さは、もはや笑って済むレベルを超えている。
さて、気をとりなおして、今回の判断がどのような結果を招くのかを整理していこう。
まず、
住基ネットが法律に基づく全国一律の仕組みであって自治体にほとんど裁量の余地がないことと、
情報システムというものが一律に運用されてこそ最大限の効果を発揮する性質のものであること、一方、
個人の意向に関わらずシステムに自己情報を強制的にのせられてしまうという不安。
問題の本質は、国としてこのどちらをとるべきかという点だ。それが理解できれば、問題に対して最終的に求めるべき結論は、自ずと以下の2つに収斂される。
- 国民一人一人の意向については全員我慢しなければならないが、住基ネットを100%運用して効率性・コストメリットを発揮させる(住基ネットは合憲)
- 国民一人一人の意向を優先してバラバラの利用をし、効率性・コストメリットはあきらめる(住基ネットは違憲)
しかし、今回、箕面市の原告が1人だけ離脱すると、
この先ずっと1の状態はありえなくなる。どういうことかといえば、
仮に吹田市・守口市が最高裁判所で合憲判決となった場合、それでも箕面市の原告1名のみが離脱している状態はこの先ずっと続くので、住基ネット全体としては、
- 国民一人一人の意向については全員我慢しなければならず、かつ、効率性・コストメリットは最大限には発揮できない
という最悪の状況になってしまうということだ。
これは、
住基ネット賛成・反対どちらの立場にとっても不本意な結果だ。
また特に、最高裁で合憲判決が出た場合、全国的な問題は沈静化するが、
箕面市民だけは前述のとおり最大3500万円のコストを負担する上、
この先ずっと、箕面市民の情報だけ不安定なシステムにおかれ続けることになる。
結局、削除コストもシステム運用の不安定さも、全国一律のプログラムが想定していないことを強引にしようとすることに原因があり、
仮に吹田市・守口市が最高裁判所で合憲判決となってしまった場合には、箕面市のみがこうした状況に陥るという最悪の結果となる。一方、
仮に吹田市・守口市が最高裁判所で(今回と同様)違憲判決となり、原告勝訴となった場合、上記2の状態(箕面も他市も自由選択になる)となるため一見問題はないように見える。だが、
それでも問題が2つ残る。理由は、吹田市・守口市に対して最高裁判所が違憲判決を出し、
住基ネットの違憲性が確定した場合には、間違いなく国が対応措置をとるという点にある。
法律改正やシステム改修など対応方法は判決次第となるが、住基ネットそのものが全国一律のシステムである以上、
システム改修にかかる費用の大半は国が負担することはほぼ間違いない。
したがって、1つ目はコスト面の問題が残る。
まず、
箕面市が今回の原告1名を削除するのに投じた費用は、全国一律にシステム修正をするならば不要な支出だったわけだが、果たして全国一律のシステム改修のときに戻ってくるのか?といえば、これは、箕面市が勝手をした以上、国が親切に費用を返してくれるとは考えにくい。
さらに、今回の箕面のシステム改修によって、
箕面市は特殊なシステムを運用することになるが、これを
全国一律の新たなシステムに再修正するには、他の自治体よりも余計に費用が発生するのは間違いない。
結果として、
最高裁判所の違憲判決によって(時間の差こそあれ)同じ状況が実現されるにもかかわらず、高裁判決を確定させた箕面市の市民だけは、今回の費用のみならず次回も余計な費用を税金で負担することになる。
2つ目はシステムの不安定さの問題が残る。
コスト面と同様に、最高裁判所の違憲判決によって(時間の差こそあれ)同じ状況が実現されるにもかかわらず、箕面市だけは全国一律のシステム改修に揃うまでの間、
住基ネットに賛成・反対の立場にかかわらず、原告以外の市民の情報が不安定なシステムにおかれ続けることとなる。
住基ネットの危険性を指摘していた原告の主張を、箕面だけで中途半端に実現させることにより、他のすべての市民の危険性が拡大してしまうというパラドックスだ。
(なお、これは全体の状況を十分に認識しないままに訴訟に中途半端な判断を加えた藤沢市長の問題であり、この点、原告に非がないことは念のため断っておきたい。)
結局、今回の高裁判決を箕面市が単独で確定することは、- 最高裁で合憲判決が出た場合には、住基ネットと箕面市民の両方に今後ずっと続くダメージを与え
- 最高裁で違憲判決が出た場合には、原告1人の希望だけを早期に実現するためだけに、箕面市民全体が支出と危険を負担する
という結果しか招かない。藤沢市長は、
「高裁判決を重く受け止め、人権を守る首長の立場で、最高裁に上告しないこととした」(朝日放送) - 12月7日20時11分更新
というが、原告の人権だけを守ると言いながら、
原告以外のすべての市民の人権を脅かすとはどういうことか。
システムについては、おそらく市として最大限の配慮がされるとは思うが、それでも箕面市民だけが不安定要素を抱えるという事実には変わらない。
そもそも、住基ネット反対の立場にしてみても、
最高裁判所での決着がなければ「制度全体の是正」という問題の本質的な解決は図られない。この程度のことは、報道に接した多くの人が気づいているはずであり、
箕面市の原告1人だけの希望がかなっても、なにも解決にはならないのだ。
今回の判決が、
実は原告1人にしか及ばず、箕面市民ですら確定判決の恩恵を一切受けることがないこと。このことと、
他の市民や将来への影響、そして、
何ら問題解決がなされないということを冷静に考えれば、残念ながら、
箕面市民の財産や安全に責任をもつべき首長の判断としては、あまりにいい加減に過ぎ、適切な判断などとはお世辞にも言えない。住基ネットに賛成の市民はもちろん、住基ネットに反対の市民にも、今回の高裁判決の確定で得るものはほとんどない。そして、「検討会」に象徴されるように今後の見通しは不明瞭、判断そのものがあまりに場当たり的だ。
唯一、得るものがある立場があるとすれば、主張のかなった原告1名の平穏と、
マスメディアで大いに名前を売った藤沢市長だけだ。これも多くの人が気づいているようで、実際、
マスコミに自己の存在をアピールする狙いではないか(産経新聞) - 12月7日16時36分更新
というコメントまで新聞に掲載される始末だ。
さて、最後になるが、参考までに、
行政が控訴を断念し判決を確定させた異例のケースとして、
小泉首相によるハンセン病訴訟の控訴断念(2001年5月23日政府発表)が記憶に新しい。
こうした
「英断」と呼ばれる控訴断念のケースもあるため、今回のケースが非常に混同されやすいのだが、
藤沢市長とその取り巻きがそのことを大いに取り違えていることも指摘しておきたい。
まず、ハンセン病訴訟の控訴断念のケースと、今回のケースの最大の違いは、
控訴を断念したのち、事態を収拾しうる立場にあるかどうかだ。控訴断念と同時に発表された
福田康夫官房長官(当時)の談話で示された政府の対応方針を紹介しよう。
- 今回の判決の認容額を基準として、訴訟への参加・不参加を問わず、全国の患者・元患者全員を対象とした新たな損失補償を立法措置により講じることとし、このための検討を早急に開始する。
- 名誉回復及び福祉増進のために可能な限りの措置を講じる。具体的には、患者・元患者から要望のある退所者給与金(年金)の創設、ハンセン病資料館の充実、名誉回復のための啓発事業などの施策の実現について早急に検討を進める。
- 患者・元患者の抱えているさまざまな問題について話し合い、問題の解決を図るための患者・元患者と政府との間の協議の場を設ける。
そう、ハンセン病のケースでは、
政府は、控訴断念と同時に、訴訟への参加・不参加を問わない立法措置による全国一律の対応を方針化しているのだ。
ハンセン病訴訟も全国各地で多数提起されていた訴訟であり、控訴を断念したのは熊本地裁の1ケースにすぎない。だが、その各地の訴訟の当事者はいずれも国であり、控訴断念を判断したのが国自身であるからこそ可能な対応だ。
このケースが「英断」と呼ばれる所以は、控訴断念ではなく、むしろ「ではどうするか?」という解決策の早期明確化にあるといってもいいかもしれない。では、今回の住基ネットのケースはどうだろうか。
まず、
訴訟の当事者は地方自治体であり、その意味で、地方自治体の長は
形式上は上告の可否を判断する立場にあるものの、実際には国の施策による全国一律のシステムをどうするかという裁判である以上、
箕面市長は単独で事態を収拾する権限も能力もない。唯一、
「英断」となりうる場合があるとすれば、
箕面市長が国と交渉し、首相や総務大臣などの是正措置をとる同意をとりつけ、(つまりは実質的に国の判断で)上告を断念するという方法くらいだ。
そんなこともせず、事態の収拾の目途もない状況で行う判断は、単なる「身勝手な判断」でしかない。ましてや、他市が粛々と最高裁の判断を仰ごうとするなかにあっては無用の混乱しか残さない。
また、
今回の上告断念が、各地で行われている他の訴訟にも影響を与えるといった論調で歓迎するコメントも聞かれる。
だが、
ハンセン病訴訟のケースは、熊本地裁判決の確定が全国の裁判所に影響を与えたわけではなく、すべての訴訟から当事者である国(行政)が自ら一斉に手を引いただけのことだ。こうした事例も、紛らわしい誤解要因の一つといえるだろう。
各地の裁判所がそれぞれ独立していることは、すでに各地裁の判断が分かれていることからも明らかであり、箕面の判決の確定が他の訴訟に影響を与えるということはない。
裁判制度は多数決ではないのだ。以上のとおり、非常に紛らわしい
「英断」だが、
藤沢市長の判断がそんなものとはほど遠いことは、まずはご本人にきちんと理解しておいてもらいたいところだ。
今回の行動には驚かざるをえないが、いくら愉快な自称「市民派」市長とはいえ、ここまで世間を騒がせ、実損を発生させるとなれば、
火遊びが過ぎる。箕面市民として、そういつまでも許容していられるものではない。